試験前の秘密

「先生、僕さ。試験の日はお父さんと行こうと思ってるんだよね。」
「そう?じゃあ、心強いね。3人一緒なら。」
「ううん。お母さんはお留守番。」
「それは、また、どうして?」

Y君のお父さんは海外勤務が長く、Y君はお母さんが大好きなひとりっこ。

「僕さ、お母さんと一緒だと甘えちゃうんだよね。模試の時も離れる時、泣きそうになっちゃうんだ。」
「そうだったの。先生、知らなかった。」
「それでね。お父さんに話したら、お父さんが、『お父さんと一緒に行こう』って。お母さんには内緒だよ。」
「分かった。内緒にするね。」
「僕が試験の時泣いちゃったら、お母さんも泣いちゃうよね。それじゃあお母さんがかわいそうだから。」
「大丈夫。Y君は泣かないし、お母さんも泣かない。大丈夫。大丈夫。」
「そっか。あ、お母さんには内緒にしてね。」
私はダラダラ流れそうになる涙を心で止めて、
普通の笑顔で「分かった分かった」というようにY君の肩をポンポンと叩いた(ような気がする)。

斯くも小学校受験生男子の心は繊細で優しい。

Y君は勿論お母さんと一緒に会場に行き、逞しく試験を受け見事に合格した。
今は中学生。

きっと彼は覚えていない。
けれども私はこの季節になると毎年毎年、彼との秘密を思い出す。

今年も私の教室には、彼のように繊細で優しい、そして逞しい受験生が育っている。
試験まで18日、まだできることはたくさんある。



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